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ラボ長発信No.16 (2003.7.16)

大企業へのベンチャー・マーケティング

 大企業とベンチャーのWin-Win状態での連携が、今後の日本経済再生の大きな力となることをラボ長はあちらこちらで主張しているが、きょうは研究開発型ベンチャーがどうすれば大企業に自社製品やサービスを売り込めるのか、すなわちベンチャー企業の大企業へのマーケティングについてもっと具体的に述べたい。

 私が感銘を受けている大企業へのマーケティング手法の2社の事例と、私自身の社内ベンチャーにおける経験談を披露したい。

 最初の例はメガチップスの進藤会長(三菱電機・リコースピンオフ)の事例である。メガチップスの初期の提携大企業は皆さんもご存知のようにコンピュータゲームの任天堂である。メガチップス売り上げの大半は任天堂向けであったため、日本人の多くはメガチップスを任天堂のLSI設計・製作の下請けくらいに思っているようであるが、進藤会長にお聞きすると米国のセキューリティアナリスト等への説明会の時には次のような質問が自然と出てくるそうである。「インテル、IBM、モトローラ、東芝、NEC、ソニー等の半導体の大企業は急成長しているコンピュータゲームの半導体市場を虎視眈々と狙っている。当然任天堂には会社を挙げての活発なセールス攻撃があるはずだが、そのような競争の中で、名も知られていないメガチップスがなぜ独占的に注文を取れたのかをぜひ知りたい。どのようなマーケティングで天下の任天堂を落としたのか。」

 ここですぐにその答えを書かないで、皆さんに数分指を止めて考えていただきたい。・・・・・答えは後ほど。

 もうひとつの例は、ラティス・テクノロジーの鳥谷(とりや)社長(リコー・スピンオフ)の事例である。三次元画像を超軽量化が可能な方式で圧縮し通信できるソフト技術を大企業に売り込みに行ったが、名も知られていない数人のベンチャー企業を誰も相手にしてくれなかった。このままでは資金も使いきり倒産かと思うころ、政府の資金援助にやっと合格した。金銭的に一息ついたので政府資金受託合格を錦の御旗に思い切って最大手のトヨタに切り込んだ。トヨタには何度も門前払いを受けたがやっとのことで数分の説明時間をもらった。そこで、トヨタの担当者から普通に考えるとできないような技術的に難しい宿題を投げかけられた。技術的には面白いが、これができないと企業ではこの技術は使い物にならないよ、といわれたそうである。

 鳥谷社長と同行した創業メンバーのITソフトエンジニア(鳥谷社長が言うには天才肌のエンジニア)の二人で、名古屋から東京への帰りの新幹線でその難問を討議して答えのヒントを東京に着くまでにつかみ、数日で解決プログラムを作成し、また名古屋のトヨタに持っていったという。これを十数回繰り返すうちに、大企業のシステムハウスと違いガッツがあって柔軟性、即時性がありトヨタに無いパワーを期待できそうだ、大企業のサプライヤー以上にトヨタの役に立つソリューションを提供してくれそうだ、とのことでトヨタ・コーポレートベンチャー・ファンドから億のお金が付き、製品の注文も取れたという。

 私がソニーアメリカで働いていた20年ほど前にもアメリカでこれと似たような話をよく聴いたことがある。日本でも系列が崩れ大企業も自社の枠を超えていいものを探さないと競争に勝てない時代になり、日本のベンチャー企業にもアメリカに20数年遅れでチャンスが回ってきたのである。天下のトヨタから注文が取れると、特に日本では後は割りと楽勝である。ラティス・テクノロジーのマーケティングは、車以外の産業への拡大も容易になってきているという。

 ・・・さて、先ほどの任天堂へのメガチップスのマーケティング成功理由も、このラティス・テクノロジーに似ている。任天堂からすると、半導体の大企業は各社が開発した世界一の性能を誇る種々のLSIを好条件で任天堂にオファーしてくれるが、それらはメーカーの押し付けであって任天堂が世界初のユニークなコンピュータゲーム開発の要件にはマッチしていない。ところがメガチップスは、何も無いから押し付けるのではなく任天堂の製品開発の意図を汲んで、其れならばこのようなLSIをこう設計すればコンピュータ・ゲームはもっとよくなるのではと、高い基礎技術をベースにソリューション・ビジネスの観点をベースに任天堂にアプローチしてきた。任天堂にとってはメガチップスのほうが著名な大企業サプライヤーよりも自社にとって頼もしく感じるのは当然である。

 メガチップスもラティス・テクノロジーも小企業の小回りの利くよさを生かして、顧客である大企業にとってのソリューションのパートナーとなりますよ、と思わせる行動をてきぱきと高度な技術をベースに行っている。ベンチャー企業がいくらすばらしい特許を持っていても大企業は付いてこない。大企業が持っていなくてベンチャーの持つ独特のエネルギーを大企業はほしがっているのである。未知の領域を開発しようとしている大企業こそ、このようなベンチャーを仲間に入れたいのである。

 8年前にソニーの社内ベンチャーとしてはじめた非接触ICカードシステム(JR東のスイカやJR西のイコカ等の技術)ビジネスでの私の経験もこれに似ている。ソニーの名前を引っさげて行っても、実績の無いハイテク製品やサービスの初期の販売はまったく効果が無い。JR東海、阪急電車、セブンイレブン、VISA、蔦屋等で門前払いに近かった。巨大な既存システムに実績の無い新技術製品を使うのは誰でも躊躇する。ICカードの電子財布の大規模実験がことごとく失敗していた中で戦略的に成功するには、全国民が持たざるを得ないアプリケーションを選ぶか、全部のお店に持ってもらうしかないと考え、我々ソニーの社内ベンチャーは前者を選んだ。全国民が持たざるを得ないアプリケーションとして電車やバスの定期券やプリペイドカードを対象とした。海外と国内で二つの違ったアプローチを行った。香港やシンガポール等の小国で独占的な1社と組んで早急に導入する。巨大な市場である日本では技術を過信してベータマックス的に突っ走らないで、数年かけて鉄道技術関連の協会や他の競合・協力業者に技術開示をしながら、鉄道バス等交通関係者が一体となって日本のディファクトを構築していく手法とった。

 この中で、最初の契約となった香港でのマーケティングが興味深い。香港の交通局は8年前にすでにほぼ欧州のハイテクベンチャー製品に決めていた。後から出てきたソニーの社内ベンチャーは、より信頼性が高く機密性が高い技術で巻き返しに出た。1年間の競争の末ソニーが契約を勝ち取ったが、TVカメラに囲まれた調印式で香港側のリーダーが私の「なぜ欧州のベンチャーではなく、ソニーの社内ベンチャーに変えたのか」との質問に対して、「ソニーのブランドではない。私が命をかけて取り組む香港交通ビジネスの近代化にブランドは必要ない。私が投げかける技術的な難題に対してソニーのエンジニアたちの目が、いつもきらきら光っていたからだ。」と答えた。

 ・・・この件は翌年、日本のカード専門雑誌に頼まれ投稿したので、事務局の折田さんに頼んでこのウエブにコピーを載せておきます。私には懐かしい社内ベンチャー時の思い出話ですが、ソニー非接触ICカードの最近の華々しいマーケティング活動を新聞等で見て社内ベンチャーの初代事業室長として久しぶりにベンチャー時代を思い出しました。

 <完>


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