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ラボ長発信No.15(2003.5.18)
大企業とベンチャーの連携が日本を再建する
大企業が「イノベーションのジレンマ」を乗り越えるためには、研究開発型ベンチャーとの競争・連携が不可欠である。
大企業や中堅企業が取り組もうとしているMOTの焦点は、次の10年はいかに研究開発型ベンチャーと連携するかが強者・弱者の境目となる。研究開発型ベンチャーに相手にされない大企業は衰退の道をたどるだろう。
ソニー、ホンダ、京セラ、堀場に次ぐ研究開発型ベンチャーが、過去30年間日本では育ってこなかったが、それは起業文化が日本にないからというより、キャッチアップ・ビジネスモデルの時代には研究開発型ベンチャーが必要なかったからである。
失われた10年という負の遺産のおかげで、40代のエリートエンジニアたちが大企業をスピンオフして起業し、この数年で数十の技術系ベンチャーが株式公開し始めた。創業10年で年商500億円、東証1部上場の企業も数社出てきた。よく調べてみると、時代を読むのに優れた気の利いた大企業がこれらの成功しつつある研究開発型ベンチャーを共同研究や連携という形で囲い込み始めている。このことは同時にスピンオフ・ベンチャーが、大企業を利用しながらデスバレー(研究と事業化の死の海)を乗り越えていることでもある。
大企業とベンチャーの連携しながらの競争が、お互い補完しながらイノベーションを起こし、Win−Winの関係を創りあげている。たとえば、大手ハイテク企業をスピンオフした理学博士が起こした3D動画ソフト圧縮通信システムの駆け出しのベンチャーを、大手自動車会社が億の資本を投入し、自社の試作設計システムに導入している。このベンチャーは慶応大学と連携し、創業6年での株式上場と世界デファクトフォーマット化を視野に入れている。このような例が、この数年で何十と出てきた。その多くのエンジニアは米国勤務・留学経験者であり、特許やITに強い。
スピンオフ・ベンチャーの多くの成功例に比べて、大企業のほとんどの社内ベンチャーはもたついている。大企業の将来の基盤事業となるような例はほんの数件しかない。管理され冒険を制限された中でのベンチャーは、ベンチャーのメリットを発揮できない。ほとんどが企業文化変革の名の下の「ベンチャーごっこ」で終わっている。
大企業や中堅企業は、飛び出していくエンジニアを村八分にしないで、育てて連携するくらいの勇気と冒険心を持ち、イノベーションのジレンマを克服すべきである。日本は優秀なエンジニアはほとんど大企業に行く。ものづくりが日本の柱でありいいことであるが、少しくらいの人材は、大企業をスピンオフしてベンチャーを起こしたほうが大企業もメリットは大きい。埋もれた特許や人材を、ベンチャーとして冒険させ火事場の馬鹿力を発揮させ、大企業はベンチャーが開発した良いものは購入したりしながら連携する。
米国のSBIR制度は、政府と研究開発型ベンチャーがこの育成モデルで成功している。日本のベンチャー政策で残された課題は、エリート人材の流動化である。ベンチャーのサポート以上に、ベンチャーのプレイヤーの排出が新しい時代の日本産業再興の鍵である。
大企業だけでなく、日本の地域クラスター育成や、科学技術振興も根っこは同じで、リスクをとることをいとわない優秀なベンチャー・プレイヤーを排出させることが、日本のイノベーションの鍵である。
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