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ラボ長発信No.14 (2003.3.31)

米国SBIR制度に見るベンチャー育成政策の国家戦略性

SBIR(Small Business Innovation Research ,中小企業技術革新制度)

 20年近くの歴史を持ち改良が重ねられている米国の研究開発型ベンチャー育成制度であるSBIRを良く吟味してみると、1980年代はじめのその制度誕生の背景、意図、目的が刷り込まれていて、日本に負けない産業変革を行うために必要なベンチャー育成を行うのだ、という戦略性を持った国の意志が感じられる。

  これに比べて日本のSBIR制度は、数百とあるベンチャー、中小企業育成の補助金政策の一つとしての存在価値としてしかないのではないか。米国SBIR的な重みが感じられない。1998年のノースカロライナ州での米国SBIR大会で聞いた政府やベンチャー企業の現場の声や、その後の多くの米国関係者へのヒアリング、各種資料の調査を元に、隠された米国SBIR制度のコンセプトや戦略性を浮き彫りにしてみたい。

 表面には現れてこないが米国SBIR制度の真骨頂は、革新的な技術のあるベンチャー企業を政府がシード段階やアーリーステージで資金援助したり、いわゆる"死の谷"を超えるために民間のベンチャーキャピタル市場で競わせたり、新商品販売競争のいわゆる"ダーウインの海"で政府が買い付けをしたりしながら、弱い企業を振るい落とし強いベンチャー企業を7〜8年かけて日欧企業に競争力で勝る国防省等政府各省で必要不可欠な最先端技術商品を開発できるベンチャー企業を育て上げる一連のシステムを創り上げていることである。すなわちナショナル・イノベーションシステムのひとつとして研究開発型ベンチャーを取り入れているといえる。

  この様なコンセプトを持ったSBIR制度の強さが米国のSBIR制度運用のはしはしに反映されている。日本のSBIR制度の運用を見ていると、そこからは現時点ではこの様なSBIRを取り囲むコンセプトや戦略性は感じられない。

米国SBIR制度制定の背景
 1970年代後半、日本の技術力の脅威を感じ始めた米国は、技術力の回復施策を模索していた。NSFのあるスタッフが大企業に依存しすぎている技術だけでは日本に勝てない。政府の政策でベンチャーの技術革新性を掘り起こすべきだと考え、大企業中心の政府各省の外注委託研究開発費配分を変更し、その予算額の0.2%を強制的にベンチャー企業に外注委託研究開発費や賦課金として割り振ることを提言した。

  これに対し、各省は当初とんでもないと反対した。大企業に開発委託し任しておけば手間暇がかからないし安全度や信頼性が高い。数人の社員でできたばかりの名も知らないベンチャー企業への発注は責任が持てない。特に国防省は、ミサイルに使う部品やコンピュータのシミュレーションモデルがそのようなベンチャーによって開発されたものを使えば、ミサイルがどこに飛んでいくか責任が持てない、税金を使ってそのようなリスクは取れない、と主張した。

  しかしながら日本の技術競争力の強さに危機感を持ち、同時にレイオフを繰り返し効率を上げる米国大企業の技術力やイノベーションの弱さに危機感を持つエドワードケネディ上院議員の強力な後押しを得て、1991年に議員立法でSBIR法案が制定された。

  国防省のSBIRスタッフから現地で聞いた話であるが、法制化されたからには従わざるをえないので、仕方が無いから国防省で開発が必要な技術であるが大企業ではとても不可能だといわれているような、ましてベンチャー企業ではとてもできそうも無いような難しい技術開発委託を公募した。大企業が背を向けるような仕事だからベンチャーは手も足も出ないとあきらめてもらうつもりであった。ベンチャー向けに委託公募したが誰も応募がなかった、もしくは応募があっても誰も完成できなかった、と言うことで法に定められた責任を果たそうとした。

  ところが驚いたことにそのテーマのフィージビリティスタディ委託に十数件の応募が有りそのうち数件を採択し各社に1千万円の資金を提供するとそのうちの2社がSBIRのフェイズIである6ヵ月のフィージビリティスタディ期間に驚くような良い答えをだしてきた。後が無いベンチャー企業のいわゆる火事場の馬鹿力が出て来たといえる。次の2年間、SBIRのフェイズIIとしてその2社に約4千万円の研究開発資金を提供して試作品を作成してもらったら、そのうちの1社が見事なものを造って来た。

  国防省のスタッフ達は、この経験からSBIR制度を前向きに取り組むようになり、商品開発力のあるベンチャー企業を見直し、大企業とベンチャー企業のそれぞれの役割を認識した上で仕事を割り振るようになったと言う。それまでは米国でも物造りのベンチャーは下請け的な見方をされていたようである。

市場による評価の活用
 革新的な技術力のあるベンチャー企業が、SBIRのフェイズIでその開発して来た技術のフィージビリテイ・スタディが完成し、フェイズIIで試作品が完成したベンチャーにとって、いわゆる商品化までの "死の谷"はまだまだ続く資金のかかる長い道程である。SBIRという税金によるサポートで試作品完成まで来たベンチャー企業にとって、次の商品化が生き延びていくための絶対条件であるが、多くの資金と時間がかかる。ここで中止すると今までいただいた税金が無駄になるから商品化までのフェイズIIIもぜひとも税金で後数億円サポートして欲しい、と願うのも当然である。また、政府もいままでの税金を無駄にしたくないので、なんとか資金を付けて成功してもらいたいと願いたくなるのが人情である。

  しかし米国SBIRは、商品化と言う大事なフェイズIIIでは、ベンチャー企業を突き放し、ベンチャーが援助漬けになる弊害を取ると同時に民間の市場による評価を加えるためにも、政府が資金を一切出さず民間のベンチャーキャピタル会社(VCC)に資金提供を任せることになっている。VCCは、ハイテクベンチャー企業が陥りやすいシーズからの発想ではなく、市場ニーズからの発想と創業者の志や経営能力に焦点を当てて今後生き残り株式公開やM&A等が可能な高成長を続けられる企業かどうかの判断で数億円の資金提供をする。今までのフェイズI、IIによる政府の評価から市場の評価に切り替えて選抜を進めていく。

  VCCの資金が付かないベンチャー企業は、ここで淘汰される。それはそのベンチャー企業の技術や経営者の能力が市場に評価されなかった証拠である。この評価は、次の大量生産、高成長につながるかどうかの試金石であり、この時点では市場による評価に優るものはないといえるのではないか。また、ここでの落伍者はまた始めからチャレンジを始めればよい。政府が民間の評価能力をタイムリーに上手く取り入れていると同時に、政府資金の行き過ぎで民間市場の良さを壊すのを控えている、といえる。この様な政府と民間がバランスを取ったシンプル&クリヤーなシステムが米国ベンチャーエコノミーのダイナミズムを形成していると言える。

政府買い上げによる研究開発型ベンチャー最大のリスクの回避
 SBIRのフェイズIの応用研究フィージビリティスタディで半年間、フェイズIIの試作品造りで2年間、ベンチャーキャピタルによる出資の商品造りで約2年間、合計約5年で念願の販売までこぎつけることができたベンチャーにとって、ここからが多くの新商品と競い合ういわゆる"ダーウインの海"である。ブランド力や資金力、販売チャネルの無いベンチャーにとって、会社が走って行けるだけのある程度のボリュームを購入してくれるファーストカスタマーを探し出すことが最大の難関である。日本では良く言われていることであるが、アメリカといえども、信用の無いベンチャー企業の新規技術商品はめったに一般の企業がやすやすと買い付けてくれるものではない。多くの技術系ベンチャーはここで失敗する。

  米国SBIR制度では、この研究開発型ベンチャーにとって最大の難所である最初の客に政府がなっている。国防省関係では、SBIR受託による開発商品売り上げの約50%、その他省庁を含めると全体では約3分の1が、政府買い上げである。

  政府買い上げ方法としては公開入札が必要であるが、当初はSBIRベンチャーの開発商品の詳細スペックや値段、納期をある程度合わせて入札することにより、そのSBIRベンチャーしか入札出来ないようなうまい運用をしていたようだが、途中でSBIR企業商品の買い付けは公開入札不用の直接買い付けを可能とする法律を制定している。ここまでして研究開発型ベンチャーを育てる意図を鮮明に打ち出しているのが米国SBIR制度である。

  この政府買い上げの副次効果として大きいのが、信用の増加である。政府御用達と言うことで、民間市場への大きな信用が付き、政府が買うのだから信頼性も高く安心出来るだろうということで、一般民間企業や民間人を顧客に取り込みやすくなる。この様にして研究開発型ベンチャーの最大の関所であるマーケティングの糸口ができ、販売チャネル創出につながっていく。

国立研究所とベンチャーによるノンリニヤーモデルの創出
 政府により購買のお陰で信用が付き、民間市場で少し売れはじめたベンチャーの商品は当然のことながら初期故障を多く起こし、顧客からクレームが来る。ベンチャー企業は研究開発技術陣の体制が十分ではないので、このクレームをSBIR要請もとの省の研究機関に持ち込む。そこでベンチャーの研究者と政府研究所の基礎研究者がそのクレームをどう解決するかを額を集めて実験を繰り返し討議して解決していく。時には大学の研究者も招き入れられる。ここに基礎研究とマーケティングクレームが結合するいわゆる開発のノンリニヤ効果が現れてくる。

政府が買い上げた商品も、政府がそれをすぐ本番で利用する訳ではない。極端な言い方をすると壊れるのが判っていて買い上げて、どう改良すべきかの実験材料にしている。買い上げたのをすぐ大陸間弾道ミサイルの部品やシミュレーションモデルに使ったのでは、いくらなんでもたまったものではない。先ほどの発想豊かなベンチャー技術者と政府研究機関が共同で、1、2年かけて、日本やドイツの商品に負けない故障の無い信頼性の高いコストの安い大量生産可能なマーチャンダイズ(商品)を政府の研究所で開発することになる。

  大量生産可能なレベルまで品質やコストが向上してくると、そのデバイスを使って商品開発する大企業が招きいれられ、ここに大企業とベンチャーと政府と大学の産産学連携による日本やドイツの商品に負けない高品質、高信頼性、かつ大量生産による低価格のスーパーマーチャンダイズが完成する。SBIRフェイズIのスタートからほぼ7、8年経っている。政府はSBIR制度のコンセプトの基で7、8年かけて研究開発型ベンチャーを競わせ弱い企業を振るい落とし、強い企業を民間市場の評価の風に当てながら選別し、基本技術のしっかりした政府の基礎研究部門と発想豊かなベンチャー技術者を結合させ、"死の谷"や"ダーウインの海"を無事に渡らせ、長期にわたって将来の米国を支える研究開発型ベンチャー企業を見事に育て上げていくコンセプトとそれに基づいた運用を行っている。

  この米国SBIR制度の長期的な研究開発型ベンチャー育成の戦略性を日本も取り入れ、日本のナショナル・イノベーションシステムに研究開発型ベンチャーを取り込むべきである。

<完>


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