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ラボ長発信No.7 (2002.7.7)

青色ダイオードの中村修二教授が発する強烈なメッセージ

 6月15、16日の土日に、国立京都国際会館にて、日本経団連、日本学術会議、内閣府の三者共催の第1回産学官連携推進会議が開催されました。経団連の奥田トヨタ会長、吉川学術会議議長、尾身科学技術政策担当大臣、中村修二カリフォルニア大学教授等、産業や大学、役所、研究機関等から約3500人が集まりました。

 私も第2日目のIT分科会で、インターネットの慶応大学の村井純教授、半導体製造装置の東北大学大見教授、ローム高須取締役研究開発本部長、ソニースピンオフのハイテクベンチャーであるオプトウエア堀米社長の5人でパネル討議をしました。各発表者の概要は当日印刷物で配布されましたので、5人の概要を私のプレゼンテーションチャートとともに、技術ベンチャー経営ラボのウェブで見えるようにしておきます。

 IT分科会の討議ポイントは、次のようでした。IT分野はスピードが速くグローバルでデファクトスタンダードの必要性が高く、バイオやナノテク等の他産業領域との結合必要性も強く、産学官連携推進の最重要領域として捉える必要がある。このIT分野は、日本での産学官連携が半導体やソフト技術、記録装置等で、ベンチャーも含めて比較的うまく進んでいる例がいくつかあるので、それらをさらに進化させ、ターゲットを明確にした推進が必要である。IT分野でこそ、産学官連携の模範例を早急に打ち立てるべきである。IT産業領域でいいモデルを創出しないと、他分野ではもっと難しい。

 私の論点は、産学官連携は、大企業中心で考えられてきたが、最近話題の「イノベーションノジレンマ」という本でハーバード大学のクリステンセン教授が指摘しているように、大企業のイノベーションの限界をベンチャー企業が対等な位置付けで補う必要があり、この数年で続々と成功しつつある大企業脱藩エンジニアの「スピンオフベンチャー」を、大企業や大学、政府がうまく取り込む必要がある、という点です。米国やドイツも政府が戦略的にハイテクベンチャーを育てて、産業のイノベーション循環の中に取り込んでいる。

 私のこの論点は、拙著「スピンオフ革命」で述べ、政府や経団連に対しても数回のワークショップや国際会議で論陣を張っていますが、うれしいことに最近の新聞を見ていると、その効果が出始め、経済産業省や大学の先生方が同じような論点を打ち出し始めてきました。例えば6月5日の日刊工業新聞一面トップ記事は「スピンオフ型創出、経済産業省がベンチャー育成の新政策」ー日本の産業競争力強化に向けて、大企業をスピンアウトして設立されるような挑戦型の企業や創業者を支援していく姿勢を明確にした、と記載されている。また、6月25日の日経産業新聞9面のオピニオン欄で、慶応義塾大学藤沢湘南キャンパスの榊原清則教授は、東芝スピンオフのザインエレクトロニクス飯塚社長の例をあげながら、政府が主催する半導体等日本産業の先行きを議論する重要な会議にハイテクベンチャー経営者を参加させるべきであると強く論じている。

 京都の会議のホテルで、青色ダイオードで有名な中村修二教授とたまたま朝食がいっしょだったので、日本でもスピンオフがどんどん成功している例を、表を見せながら話した。昨秋、高知工科大学で講演をされたとき、夕食後、青色シャーベットをデザートにして同じような話をしたのだが、その時は日本の保守的なエンジニアが簡単に脱藩することを中村教授は信じがたい様子だった。今春「スピンオフ革命」をアメリカの大学に航空便で送っておいたので読んでくれていたのか、今回は事例の一覧表を見ながらうなずいていた。中村教授が、その日の講演会で約3000人の聴衆を前に、日本のエンジニアは大企業の奴隷となっており、いくらいい発明をしても一生サラリーマンで終わる。アメリカのエンジニアは、もっと自由に独立してチャレンジしている。日本の教育、特に大学受験制度がガンであり、知識の詰め込みで終わっている。大学受験制度を無くすべきだと、いつもの持論を熱く語っていた。

 又彼は、アメリカの大学教授の競争制度にふれ、産学連携のできない、即ち企業に対する魅力が少なく、企業からお金を集められない工学系の教授は、博士課程の学生に生活費や研究費を与えられないから、学生が寄り付いてこないので、自然淘汰される。政府が掛け声をかけなくとも産学連携は自然の成行きとなる制度になっている。学界等で活躍している大学教授は、同時に金集めが大変で、中小企業の社長とほとんど変わらない。だから経営に必要な技術ニーズがわかる、とまで言っていた。日本の教授の競争やリスクの無さ、マンネリ化と閉じこもりが大問題であると主張していた。

 その講演の中で彼は、2人の名前を挙げた。一人はノーベル賞の白川英樹教授で、「ノーベル賞受賞者である彼の米国大学の共同研究者は、会社を作って大金持ちになり、豪邸に住んでいるのに、白川教授は、それが許され無かったためにいまだに小さな家に住んでいる」と笑いながら言っていた。私のすぐそばに座っていた白川教授は笑いながらうなずいていた。もう一人は、なんと私の名前だった。「高知工科大学の前田教授によると、日本では40歳台のスピンオフがたくさん成功しだしているそうだが、私は40歳では遅いと思う。20才台、30才台で、思い切ってスピンオフすべきだ」と真顔で言っていた。

 彼の発言は、いつもとげがあり、きついが、ユーモアを含めて真剣に日本はこれではだめになるよと真剣なまなざしで問い掛けている。今回は、政府等が呼んだゲストであるのに、厳しく政府や大学、企業を批判していた。このようなゲストを意図して呼ぶということは、日本の政府もいい意味で変化をしてきている証拠である。

 IBMでは、このような上に向かって論理的に文句をいうのをオナラブル・コンプレインといって、昔から大事にする企業文化をもっている。ソニーもそうだ。スピンオフをあおる私のような企業出の学者をパネリストに呼ぶ政府も、たいしたものである。最近では、大企業のトップも、スピンオフを激励しだしている。IT分科会の司会者で富士通のトップであった鳴戸特命顧問も、「スピンオフ革命」の愛読者である、と私に笑いながら言ってくれる。京都会議の最終まとめで、司会者の京都大学名誉教授の井村総合科学技術会議議員は、「スピンオフベンチャーにも、がんばってもらいましょう」、と述べていた。日陰の存在であった脱藩者にも、そろそろ日があたりだしたようだ。日本の夜明けは近い。

 以下は、私の京都会議でのスピーチの概要です。ご参考まで。

1. 高知工科大学大学院工学研究科
起業家コース教授 前田 昇

 産学官連携にハイテクベンチャーを組み込む必要性とその効果を述べる。IT分野は、変革スピードが速く、国際性が要求されている。チャレンジ精神豊かで経験豊富な"スピンオフ"ハイテクベンチャーを取り込む事は、特に有利である。

 日本ではハイテクベンチャーが創出する社会環境が不利であるといわれてきたが、この"失われた10年"に大企業を"スピンオフ"した多くの半導体やソフト、通信等のIT系エリートエンジニア達が株式上場を始めた。

 その創業魅力にかられ、保守的と言われていた若手エンジニア達が、ハイテクベンチャー企業に転職を始めている。数年後にはこれら若手エンジニアもスピンオフして起業する確率が高く、今後加速度的にハイテクベンチャー企業群が創出されるであろう。

 戦後のキャッチアップ時代は、大企業と中小企業の上下の連携で高成長したが、21世紀の変革の時代には、リスキーなビジネスに果敢に挑戦するハイテクベンチャーと、総合力ある大企業との対等な連携が必要である。

 成功しているハイテクベンチャーの多くは、世界的な技術を産学連携で極め、大企業とWin-Win関係で連携し、国際的なデファクトを勝ち取ろうとしている。またバイオやナノテク、サービス産業との連携も進めつつある。

 数十社ある半導体設計ベンチャー群に次ぎ、世界的な固有技術を持ち国際展開するソフトのスピンオフ・ハイテクベンチャー群も各地で創出され、株式上場をはじめている。

 これら勢いのあるハイテクベンチャー企業群を産学官連携の輪に組み込む事により、ベンチャーの弱さが補強され、同時にベンチャーの柔軟性により大企業と大学の連携が強化される。政府は、この大企業、ハイテクベンチャー、大学、公的研究所の連携が促進されるような仕組み造りを行う必要がある。

 米国SBIR制度は、20年近くの運用工夫でハイテクベンチャーの持つどん欲さをうまく活かし、大企業の弱さを補強し、ハイテクベンチャーと大学や政府系研究所の連携強化の仕組みを創り出している。

 ドイツのビオレギオ制度は、思い切った選択と集中の戦略的な政策で、バイオの産学官連携モデルをこの数年間で急速に創り出した。

 日本は、"すでに起こった未来"であるIT系株式上場スピンオフベンチャー企業を日本の強さとして育てる為にも、ハイテクベンチャーを組み込む"うまい"日本型産学官連携方策を創出し、成功事例を構築すべきである。

 分野としては、暗号処理を組み込んだ超省電力モバイル・ブロードバンド用システムLSI、高性能システムバイオチップ、バイオ・インフォマティクス解析システム、超高精細度ディジタル・アーカイブ伝送等でディファクトスタンダードをねらえるのではないか。

<完>


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