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鎌倉万歳

 この数年来、週末に横浜の自宅から鎌倉に通う回数が多くなった。片道一時間半から二時間もかけて、JRに揺られて鎌倉まで行く。今年なんかは、お正月に数回行ったのを含めて8月までに50回くらい行ったのではないか。家族もあきれている。

 なぜこんなに鎌倉に魅せられたのか。それは、私が老いたからであり、又若返ったからでもある。この両面が私をして鎌倉にせっせと暇があれば通わせているのだ。

 「老いたなあ」と思えるのは、お寺や神社を歩いていると包まれるような気になり、幅1メートルの裏道を歩いていると古い鎌倉の歴史がふっと降り注いでくるような気になり、神社のお祭りや薪能、尺八、お琴の調べを八幡宮の森の夕暮れに石段に座して聞き入っていると、心が洗われるような気になる。道端に咲いている草花や、お寺の境内に茂る大木の葉の揺らぎを見ていると、12、3世紀の鎌倉のそよ風もこうであったのだろうと思いがめぐる。

 このこじんまりした鎌倉の街に来るたびに、小さな発見がある。思いもかけない裏道、お祭り、名所旧跡、花、鳥、由比ガ浜の向こうに霞んでそびえる富士山、お香の店、うまいコーヒー屋さん等々。先週も八幡宮のぼんぼり祭りに境内をそぞろ歩きし、数百のぼんぼりの絵を夕闇の中で楽しんでいたら、石段の最上段のあじさいの水彩画で足がすくんだ。ローソクに映し出されたその色は、白い和紙のキャンパスに、美しく可憐に輝いていた。遠くの海から吹きあがってくる風にゆれて、今にもローソクの灯が燃え移りそうであわれである。`92盛夏平山郁夫献上と書いてある。遠く眼下にみえる鎌倉の海が、月光でキラキラと光っていた。

 「若返ったなあ」と思えるのは、この鎌倉の海で3年前からウインドサーフィンを始めてからである。なにせ今年は1月の2日から5日まであの寒さの中で4日間も毎日毎日波と風に震えながら戯れていたのだから。冬は空気が澄んでいるので遠く富士山を仰ぎながらウインドサーフィンが楽しめるので又格別である。よく考えてみると鎌倉の海に足が向くのは、ウインドサーフィンの楽しみと言うよりも、この湘南の海のオゾンの香りに魅せられてだと思う。学生の頃には群馬県の山の方にいたので想像もできなかったが今になって、その当時のいわゆる湘南ボーイの気持ちが痛いほど分かるような気がする。三浦、沼津、逗子、江ノ島と各地でウインドサーフィンしてみたが、やはり住めば都で鎌倉が一番。

 若い学生達とレースで競い合っている時はもう50歳も近い事を忘れてしまっている。強い風と戦いながら海面にたたきつけられ、七転八倒の必死のレースをしている時、これぞ男のスポーツだとの実感が湧く。ただ次の瞬間、か弱き娘のような女学生が強風をものともせずスーと私を抜き去っていくのを見て、ガクッとくるのではなく、ちくしょう、女性には負けないぞ。もっと基礎から練習をやり直さねば……と思うのだから、私も若返ったものだと思う。

 そんなことで、私の体の中に潜む「老い」と「若さ」に引かれての毎週の鎌倉参りが、ここ当分は続きそうな今日このごろである。

 鎌倉万歳!

1991年10月

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